2006年11月02日
高知 高知市 播磨屋橋(はりまや橋)
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高知と言えば「はりまや橋」と言われるほど有名な橋ですが、同時に「日本三大がっかり名所」の一つとも言われています。立派な橋をイメージして行くと、あまりのショボさに実際驚きますね(笑)
ちなみに他の二つは、沖縄県那覇市の「守礼門」と、10月25日に紹介した北海道札幌市の「札幌市時計台」です。「勝手に話盛り上げといて、がっかりは無いでしょ・・・」って声が聞こえてきそうですが。
近くに「江戸期はりまや橋の由来」と言う看板が有りましたので紹介しますね!
藩政時代、堀で隔てられていた豪商播磨屋と、富商櫃屋(ひつや)が互いの往来のたんめに架けた私橋が、後に「はりまや橋」と呼ばれるようになります。当時は、簡素な木造りの橋でした。
橋は、時代とともに幾度か架けかえられ、昭和三十三年には南国博覧会のため、朱色の欄干が登場します。翌年、歌謡曲「南国土佐を後にして」がヒットしたことで、同名の映画が創られ、スクリーンに映しだされた朱色の欄干が「はりまや橋」として、全国に知られるようになりました。
ここに架かる木造りの橋は、平成五年、全国から寄せられた六八〇件の「はりまや橋に対する整備のイメージ」を基に、江戸期のはりまや橋として再現したものです。
でも、幾らがっかり名所と言われても、行っちゃいますよね(笑)

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ちなみに他の二つは、沖縄県那覇市の「守礼門」と、10月25日に紹介した北海道札幌市の「札幌市時計台」です。「勝手に話盛り上げといて、がっかりは無いでしょ・・・」って声が聞こえてきそうですが。
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藩政時代、堀で隔てられていた豪商播磨屋と、富商櫃屋(ひつや)が互いの往来のたんめに架けた私橋が、後に「はりまや橋」と呼ばれるようになります。当時は、簡素な木造りの橋でした。
橋は、時代とともに幾度か架けかえられ、昭和三十三年には南国博覧会のため、朱色の欄干が登場します。翌年、歌謡曲「南国土佐を後にして」がヒットしたことで、同名の映画が創られ、スクリーンに映しだされた朱色の欄干が「はりまや橋」として、全国に知られるようになりました。
ここに架かる木造りの橋は、平成五年、全国から寄せられた六八〇件の「はりまや橋に対する整備のイメージ」を基に、江戸期のはりまや橋として再現したものです。
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この記事へのコメント
1. Posted by
MALICE
2006年11月03日 18:45
北海道へ来たならば、、時計台!
誰しもがっかり・・って口をそろえて言いますね(笑)
地元人なので、、よくわかりませんが
周囲のビル等がデカイからでしょうか??(^^
誰しもがっかり・・って口をそろえて言いますね(笑)
地元人なので、、よくわかりませんが
周囲のビル等がデカイからでしょうか??(^^
2. Posted by
ホッシー
2006年11月04日 00:19
>MALICEさん!
多分そうだと思いますよ。
僕も初めて行ったときに思いました。
周りの建物が大きいから、かえって小さく見えてしまうんでしょうね。
多分そうだと思いますよ。
僕も初めて行ったときに思いました。
周りの建物が大きいから、かえって小さく見えてしまうんでしょうね。



